統一党と民社の2党を中核とし、国民党[1]、国民協進会、民国公会の3党も合流して結成された。しかし結成後ほどなくして、統一党から参加した章炳麟が共和党を離脱し、統一党の存続を宣言している。
共和党は袁世凱を支持し、中国同盟会への対抗勢力となった。党の宗旨としては、以下の3点がある。
- 全国の統一を保持し、国家主義を採用する。
- 国家権力により国家の進歩を支援する
- 世界の大勢は、平和・実利による立国にある。
主な幹部としては、以下の者があげられる。
臨時参議院では、共和党は40議席を擁し、同盟会と拮抗していた[2]。しかし1912年12月から翌年2月にかけて実施された衆参両院選挙では、宋教仁率いる国民党に大敗を喫した(両院合わせて国民党が269議席、第2党の共和党が120議席)[3]。
1913年(民国2年)5月、統一党、民主党の2党と合併し、進歩党を組織した。