那覇ホイール地区
From Wikipedia, the free encyclopedia
ナハ・ポート・ホイール

那覇ホイール地区に関しては沖縄返還協定の施設番号もなく、今のところ入手できる資料が限られているが、北側には那覇港湾施設 (那覇軍港)、西側には那覇海軍航空施設 (那覇空港 Naha AB)、また南側に那覇空軍・海軍補助施設に隣接した場所に位置していた。那覇港湾施設の背後地としてだけではなく、兵舎や学校、アメリカ総領事館などがあった。
沖縄返還協定では米軍使用が解除される C表-5 にリストされており。1972年に陸上自衛隊に移管され、現在は陸上自衛隊那覇駐屯地となっている。
1945年6月4日: 沖縄戦で米軍が小禄に上陸、以降小禄半島の小禄村は6の米軍基地が連なり、そのほぼ全域 (83%) が米軍基地として長らく接収されていた。
| 沖縄返還協定での名称 | 旧名称 | 備考 | |
|---|---|---|---|
| 64 | 那覇港湾施設 | 那覇軍港 | |
| 65 | 那覇サーヴィス・センター | 那覇サーヴィス・センター | 返還 |
| 66 | 那覇空軍・海軍補助施設 | 那覇空軍・海軍補助施設 | C表: 空自 那覇基地 |
| 67 | 那覇サイト | 那覇陸軍補助施設 | B表: 空自 那覇基地 |
| 89 | 那覇海軍航空施設 | 返還 沖縄空港 | |
| 那覇ホイール地区 | C表: 陸自 那覇駐屯地 | ||
陸自 那覇駐屯地への移管
沖縄公文書館の資料にある那覇ホイール地区の写真 (アメリカ陸軍が撮影) はこの時の移管の式典を撮影したものと思われる[2][3]。1972年5月15日は大雨だったが、そんななか沖縄のアメリカ総領事館の白い建物の前で、アメリカの星条旗の代わりに日本の国旗が掲揚されるのを不動で見守る隊員らの写真が数枚公開されている。

