那須官衙遺跡
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8~10世紀の那須郡の郡衙跡は、那珂川町小川の梅曽にある、この那須官衙遺跡(なすかんがいせき)であると考えられている[1][2]。
この遺跡は那珂川と箒川の合流地点の近くの、箒川の形成した段丘上に位置する。 昭和の初期より古瓦が散布することから寺院跡だと考えられ梅曽廃寺と呼ばれていたが、発掘により郡衙跡であることが分かった。
郡衙は南北200メートル、東西400~600メートルほどの範囲にあり、その中を溝で西・中央・東さらに南東の4ブロックに分けている。西ブロックは幅4メートル、深さ1メートルの大溝によって囲われた1辺約200メートルの不正方形で、倉庫と考えられる総柱式の掘立建物が多数見つかっていることから倉院と考えられている。中央・東ブロックは宅地になっている。中央ブロックからは礎石立ちの倉庫と考えられる建物が2棟検出されている[4]。東ブロックは実務を行う場所(事務官衙)であったと推定される。またこれらの南方には館や厨家があったと思われるが、このうちの館に関連する施設は南東ブロックにあったと考えられる。所有者(管理者)は那珂川町他である[5]。
- 礎石建物跡
- 萪□私印
東京国立博物館展示。 - 出土瓦
那珂川町なす風土記の丘資料館展示。 - 出土品
那珂川町なす風土記の丘資料館展示。
