那須烏山銃撃事件
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事件発生
当時山口組系組員Kらと同じ組だった元組員UTらのグループ同士が金銭トラブルなどを端に対立。UTは那須烏山市に入らないと約束したが、借金取り立て等で何度も那須烏山市を訪れていた。
2009年6月15日、K、O、Sの3名は11時半頃那珂川町に拳銃や鉄筋棒といった凶器を準備して集合したあと、UTら3名を待ち伏せ襲撃。UTら3名は、借金の取り立てで民家を訪ねたところだった。午後1時半という白昼に、住宅地で双方が拳銃を発砲する市街戦へ発展。銃撃戦自体で死亡者は生じなかったが、33歳の構成員1名は襲撃側に太ももを撃たれ重傷を負い、襲撃側のKらによってUTの自動車のトランクに押し込められ拉致され、行方不明となった。UTは腹部と右肩を撃たれて民家の庭先で倒れており、住民の女性の110番から病院に運ばれ、翌日の16日に拳銃と包丁を所持していた疑いで逮捕された。
捜査
栃木県警察は、双方のグループを捜査。7月13日、襲撃側のK、O、S、Uが、殺人未遂や犯人隠避などにより逮捕された。8月3日、Kら4名は凶器準備集合罪の疑いで再逮捕。
行方不明のままになっていた構成員TMについて、遺体を御前山の沢に捨てたといった供述が得られ、8月25日朝に捜索を開始し茨城県城里町の山林から頭部と腕などの遺体の一部が、翌日には大子町の山林から胴体部分が発見。同月31日、Kらは、TMの死体損壊罪、死体遺棄の疑いで再逮捕された。
9月24日、TMに対する殺人容疑で、Kら4名は再逮捕された。同日、Kに対する殺人未遂の疑いで、UTとAMも再逮捕された。10月28日、Kは2007年の別件で逮捕監禁致傷と恐喝未遂の疑いで再逮捕される。
首謀者の判決
2010年7月15日、宇都宮地裁で、襲撃者側のKは、襲撃などの一連の首謀者であり責任は重いとして、求刑通りの無期懲役の判決となった。弁護側は「殺害されたTMが用意していた拳銃を奪ったもので、K自身が重傷となる可能性もあった」と主張していたが、証人の証言などからK自らが用意したものと裁判所は認定した。弁護側は即日控訴した。2011年2月13日、東京高裁は控訴を棄却し、Kの無期懲役が確定した。