邪馬壹国説

From Wikipedia, the free encyclopedia

邪馬壹国説(やまいちこくせつ)とは日本思想史学者の古田武彦が主張した邪馬台国に関する説である。論文「邪馬壹国」(『史学雑誌』に掲載)、著書『「邪馬台国」はなかった』、その他『市民の古代』、『なかった』等で主張された。

魏志』(魏志倭人伝)の刊本はどれも例外なく邪馬壹国(邪馬壱国)か邪馬一国となっている。これを邪馬台国(邪馬臺国)とするのは根拠に乏しい。

『邪馬台国』はなかった」では、論拠として以下のことが挙げられている。

  • 三国志全巻の「臺」「壹」の用例を全て調べ上げたが、取り違えて「壹」と誤記していると思われるところはなかった
  • 三国志全巻で「臺」は魏朝の王宮またはそれに準ずる王宮にしか使われない「至高の文字」だった。「邪」「馬」「卑」などの卑字をあてられる蛮族の国名に、至高の文字を割り当てることは、三国志筆者の思想からして有りえない。
  • 現存する三国志の基となった注釈版では、五世紀時点には残っていた他の版と厳密に比較して慎重に意見を付しても原文改訂を行わないのが執筆者の方針だったが、「邪馬壹国」表記に何も注釈を残していない。このことから、当時のすべての版で「壹」と書かれていたと思われる。
  • 三国志成立の三世紀から、現存する版が書かれた五世紀まで、金石文で「臺」と「壹」の字形が似ていたかどうかを調べたが、誤記するほど似ていたとは言えない。

後漢書』などには邪馬台国とあるものの、『梁書』の例もある通り「魏志倭人伝」以外の全てが邪馬台国というわけではなく、邪馬台国が正しいとする根拠にはならない。

邪馬台国は邪馬壹国よりも狭義の意味での国家と考えられる。(後漢書を見る限り、邪馬台国は倭王のいるところを指す地名のようなものと思われる)邪馬壹国は九州にある国である。

なお、古田武彦は、三国志などの使用例を鑑みれば、「邪」(神秘的な)、「馬」(家畜のようになついている)、「壹」(二心なく天子に敬意を尽くす)のような好感を持ったニュアンスを含めて漢字を割り当てたと理解できるとしている。

比定

問題点

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI