都城都市圏
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宮崎県都城盆地一帯は古くから「きりしまんじだ(霧島盆地の土地)」とも称され、鹿児島県を含む霧島連山を中心とした圏域(霧島市、小林市など)との結びつきは強い。江戸時代は薩摩藩でありながら一貫して都城島津氏(北郷氏)の私領として本藩からはある程度独立した位置づけであったため、産業や文化などにおいて鹿児島市を中心とする鹿児島都市圏とはまた異なる独自の発展を遂げてきた。
現在は令制国に沿った形で宮崎県と鹿児島県に区分されているが、日常生活では県境とは無関係に人々の往来は活発である。また、鹿児島県曽於市内の旧財部町及び旧末吉町(岩﨑の一部を除く)の市外局番は、宮崎県都城市と同じであり都城市などへの通話は市内通話扱いである(逆に、同じ曽於市内でも旧大隅町等との通話は市外通話扱いとなる)。