酒の穀田屋
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- 吉岡宿の衰退に心を痛めていた造り酒屋の穀田屋十三郎(1720年~1777年)は茶製造家の菅原屋篤平治(笠原篤平治[1])と組んで、住民の貧困をなんとか救いたいという思いから、黒川郡の大肝煎[3]の千坂仲内[4]に相談を持ち掛けるなどして賛同を得、同志を募り、9名で小銭を蓄え、何度も藩への願い上げを重ね、台所事情の悪化していた仙台藩に1000両という大金を貸付けて、1773年頃から毎年その利子を受け取り、宿場のすべての人々に配分した[5]。
- 2012年(平成24年) 歴史家・磯田道史によって「無私の日本人」という江戸時代を生きた3人の人物の評伝で、そのうちの1人としての穀田屋十三郎が紹介された。