酒部王 From Wikipedia, the free encyclopedia 酒部王(さかべおう/さかべのおおきみ、生年不詳 - 天平12年10月25日(740年11月18日))は、奈良時代の皇族。浄広壱・磯城皇子の子[1]。官位は従四位下・弾正尹。 元正朝の霊亀3年(717年)正月に酒部王を含む天武天皇の孫(坂合部王・智努王・御原王)たちが、二世王の蔭位により従四位下に直叙され、同年10月に同じメンバーに対して封戸が与えられる。 その後の政治的な足跡は残っていないが、聖武朝の天平12年(740年)10月25日卒去。最終官位は弾正尹従四位下。 官歴 『続日本紀』による。 霊亀3年(717年) 正月4日:従四位下(直叙)。10月12日:益封 時期不詳:弾正尹 天平12年(740年) 10月25日:卒去(弾正尹従四位下) 脚注 [脚注の使い方] ↑ 澤田[1990: 73] 参考文献 宇治谷孟『続日本紀』(上中巻)、講談社〈講談社学術文庫〉、1992年 澤田浩「「薬師寺縁起」所引天武系皇親系図について」『国史学 142』国史学会、1990年 Related Articles