築城年は不明。平安時代には城館としてはすでに存在していたと思われている。
戦国時代に入ると、織田信秀の家臣、荒川新八郎が居城し、松平広忠と戦ったとされる。
天文18年 (1549年) 、安祥城を今川氏が攻略すると、今川氏とそれに従う松平氏に対し、織田信秀の意向を汲んだ緒川城の水野氏との争いが激化する中、重原城は織田方の城として存続するも、信秀の死後の天文23年 (1554年)、今川氏により落城した。
今川氏は重原城を拠点に村木砦を築くなどし、尾張への侵攻を強めるも、桶狭間の戦いで今川義元が討たれたため、三河地域のいくつもの城を放棄して駿河へ撤退。これによって廃城となった。