野々瀬古墳群
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概要
主な古墳
七間塚古墳
七間塚古墳(しちけんづかこふん、野々瀬1号墳、北緯33度59分36.28秒 東経133度1分55.02秒)は、野々瀬古墳群中で最大規模の古墳。
墳丘は削平を受けているため、元々の墳形は不明であるが、現在は直径18メートル・高さ約5メートル程度を遺存する[3]。埋葬施設は両袖式の横穴式石室で、ほぼ完存する[3]。石室規模は次の通り[3]。
- 石室全長:10メートル
- 玄室:長さ5.2メートル、幅1.7-2.1メートル、高さ2.0メートル
- 羨道:幅1.4メートル
石材には花崗岩の巨石が使用される[3]。石室内からの出土品は明らかでない[1][3]。石室構造より、築造年代は7世紀初頭頃と推定される[3]。
五間塚古墳
五間塚古墳(ごけんづかこふん、野々瀬12号墳、北緯33度59分29.94秒 東経133度1分51.23秒)は、円墳で、野々瀬古墳群中で2番目の規模の古墳[5]。通称を「王塚」とも[5]。1989年(平成元年)にトレンチ調査が実施されている[5]。
墳形は円形で、直径15-16メートルを測る[5]。埋葬施設は両袖式の横穴式石室[5]。玄室は奥行約6メートル・最大幅約2.05メートル・高さ約2.6メートルを測る[5]。石材には大型の花崗岩が使用され、玄室と羨門の間には立柱石(袖石)を構えて框石で区別するほか、玄室は羨門よりも1段低く構築される[5]。この石室内の調査では装飾品(切子玉・管玉・土玉・耳環など)・鉄製品(鉄鏃・刀子・鉄鎌など)が検出されている[5]。また周辺では人骨を残した石棺墓が認められており、本古墳の陪塚と推定される[5]。石室構造・出土遺物より、築造年代は7世紀前半頃と推定される[5]。