野口保市郎
日本の地理学者
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茨城県出身[1]。1912年に東京帝国大学西洋史学科を卒業した[3]。
郁文館中学校・開成中学校・成蹊中学校教諭[1]、浦和高等学校講師などを経て、1921年より法政大学で教授を務めた[1][3]。また、中央大学教授も務めている[2]。
1949年に「常陸風土記の歴史地理学的研究」で東北大学より文学博士号を取得した[4]。
- 単著
- 『商業地理学概論』早稲田泰文社、1924年
- 『経済地理学概論』泰文社、1929年
- 『人文地理学概論』森山書店、1933年
- 『風土と生活』太陽出版社、1944年
- 『経済地理学総論』古今書院、1948年
- 『人文地理 1』(相島敏夫編)法政大学通信教育部、1950年12月
- 『社会科教育法 人文地理の理論と学習の実際』(相島敏夫編)法政大学通信教育部、1950年12月
- 『常陸風土記の歴史地理学的研究』古今書院、1951年
- 共著
- 『大東亜共栄圏の民族』(前原光雄・小林元との共著)六盟館〈民族叢書〉、1942年
『大衆人事録 第14版 東京篇』帝国秘密探偵社、1942年、p.760。
『高知年鑑 昭和28年版』高知新聞社、1952年、p.410。
野口保市郎『風土と生活』太陽出版社、1944年、奥付