英一の曽祖父である野口英夫は阿波国(徳島県)出身であり、中村正直の門下生を経て1879年(明治12年)に主筆、翌1880年(明治13年)に社長となり、以降野口家が山梨日日新聞や山梨放送をはじめとする山日YBSグループの経営権を握っており、歴代の会長及び社長は野口家から輩出している。山梨日日新聞の創業家は野口家ではなく甲府の書籍商であった内藤伝右衛門であり、1872年(明治5年)に「峡中新聞」として創刊したものの大小切騒動によって発刊不能となり、1876年(明治9年)に社内改革を実施した際に内藤は経営権を手放している。英夫の子であり、英一の祖父である野口二郎によって山梨県内の新聞の一本化が図られ、1969年(昭和44年)2月21日に山梨時事新聞を買収してことで完了した。また1954年(昭和29年)に山梨放送が開設され、さらに印刷会社や広告代理店、旅行会社など関連企業を設立していき、山日YBSグループとして統括するようになった。
英一の父英史が設立したNNS(日本ネットワークサービス、通称甲府CATV)が英史の死後別会社になっていたものを2006年に買い戻し、現在は山日YBSグループに復帰している。
静新SBSグループのオーナーである大石家とは英一の母が大石光之助の二女という姻戚関係にあたり、英一も当初は静新SBSグループ系列の静岡新聞に勤務している。
1977年(昭和52年)より山梨県出身者で文化や体育などに残した業績を顕彰する野口賞が制定されている。