1949年(昭和24年)に富山市で生まれる[1]。1986年(昭和61年)にイベント会社を設立するが、同社経営者時代にポンビドゥー・センターで観た大道芸の影響を受け、44歳から大道芸人に転じる[2][3]。大道芸人としての芸名は「作芸人磨心(さうんどましん)」、1993年(平成5年)に芸名と同名の事務所を設立する[1][2]。大道芸人としてのデビュー間もなく野毛大道芸プロデューサーの橋本隆雄と交流が生まれ、雪竹太郎、ヘルシー松田らとともにフランスの大道芸イベントに参加する[3][4][5]。
1995年(平成7年)から全日本チンドンコンクールに関わるようになり、同年開催の第41回大会に作芸人磨心所属芸人によるチンドンチームを参加させ、翌年の第42回大会から自らも参加するようになる[6][7]。チンドン太鼓に合わせて大道芸を披露するチンドンスタイルを確立させるとともに、観客参加型の素人チンドンを企画し、富山県内のチンドンマンの中心人物となる[6][8]。
2000年代以降、富山市大手町の「越中大手市場」など、大道芸による町おこしに取り組むようになり、2004年(平成16年)にNPO法人全国元気まちづくり機構を設立する[1][2]。一連の取組が評価され、2010年(平成22年)に富山新聞芸能賞を受賞する[1]。
2018年(平成30年)8月、公演帰路の新潟県内で交通事故に遭い、同月15日に入院先の病院で亡くなる[9]。