野村治三郎 (6代)
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経歴
のちの青森県上北郡野辺地町の豪商野村家に生まれる[2]。野村家は代々南部藩の御用商人、廻船問屋を務めた家柄で飢饉では救済米を施すなど慈善を行った[2]。1855年(安政2年)の飢饉や1872年(明治5年)の青森大火、三沢でのコレラ流行などの際に慈善を施し、野辺地のみならず周辺町村からも感謝された[2]。また、大坂より自費で御影石を取り寄せ、町内の道路修繕を行った[2]。1876年(明治9年)と1881年(明治14年)の明治天皇巡幸の際には、自邸の庭に行在所を設けた[2]。その功績などを称され明治天皇との拝謁を許されたが、その際には岩倉具視が列席した[2]。ほか、上北郡雲雀牧場頭取、青森県会議員を務めた[1]。
1890年(明治23年)青森県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日[3]から1897年(明治30年)9月28日まで在任した[1]。