高校卒業後、カメラマンアシスタントを経て雑誌のフォトグラファーとして活動。1985年頃には週刊プレイボーイ(集英社)のスタッフカメラマンを務める[1]。
1991年に放送されたTBS『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』に出品するため、短編映画の制作を開始[1]。1992年に制作した『ダイヤモンドの月』がツイ・ハークに絶賛され、1996年に『シークレットワルツ』で長編映画商業デビューを果たす。しかし、商業用映画作品はその1本にとどまった。
現在は、2013年7月から開催している[注 1]「TOKYO月イチ映画祭」の主宰を務める[3]。