野邊地えりざ
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生後33日目に四ッ谷の聖イグナチオ教会(カトリック麹町教会)で洗礼を受けた[2]。洗礼名はエリザベット[2]。1881年(明治14年)に紅葉館を創設した野辺地尚義は高祖父である[1][3]。
1970年(昭和45年)3月に慶應義塾大学文学部を卒業した[2]。1973年(昭和48年」には東京こども教育センター千歳台ナーサリーを自宅に開設した[2]。1984年(昭和59年)から仙川チャイルドファクトリーにてアートクラスを主宰している[2]。
1993年(平成5年)から1995年(平成7年)までは夫の仕事でオランダのアムステルダムに居住し、アムステルダム市民大学にてオランダ語を、ブリティッシュ・イングリッシュ・ランゲージセンターにて英語を学んだ[2]。1997年(平成9年)から1999年(平成12年)にかけて成城インターナショナル・ウィメンズ・クラブの会長を務めた[2]。
2000年(平成12年)に日蘭協会に入会した[2]。2001年(平成13年)には東京・表参道のシナリオ・センターを卒業した[2]。2009年(平成21年)には日英協会に入会した。2011年(平成23年)には日本スペイン協会に入会した[2]。 2013年(平成25年)10月19日、日本スペイン協会で日本スペイン交流400年の記念講演「マルベーリャで見た“この国のかたちと未来を拓く潜在力”」を行った[2]。
2018年(平成30年)には桜出版から野辺地尚義の伝記である『紅葉館館主 野邊地尚義の生涯 〜明治の民間外交 陰の立役者〜』を出版した[1][3]。