1902年、広島県広島市生まれ[2]。1921年明治大学予科に入学。雄弁部に所属する[3]。1926年明治大学法学部を卒業。卒業後は裁判官となり、東京区裁判所判事、東京地方裁判所部長判事、函館地方裁判所部長判事、東京控訴院判事・勅任部長、裁判官訴追委員会事務局長を歴任、1958年に退官[2]。
1947年、「上訴法の基礎理論」[4]を明治大学に提出して法学博士号を取得。1958年明治大学教授となる[5]。國學院大學教授も兼任[2]。1974年、明治大学を定年退職し、名誉教授となった[6]。定年退任後は、創価大学教授を務めた。