Wikiwand AI

量子もつれ

量子多体系において現れる、古典確率では説明できない相関やそれに関わる現象 From Wikipedia, the free encyclopedia

量子もつれ(りょうしもつれ、: quantum entanglement)とは、複合量子系において、全体の量子状態が各部分系の量子状態の積として表せない性質である。このとき、それぞれの部分系は独立した状態ではなく、全体として一つのまとまった状態になっている。量子もつれ状態にある粒子同士は、互いに空間的に遠く離れていても、測定結果の間に古典物理学では説明できない強い相関が現れる。

1つの光子から、もつれた2つの光子が生成される様子(自発的パラメトリック下方変換

この性質は実験的に確認されており、量子情報科学や量子通信、量子計算などの基盤となっている。

量子もつれは特殊な現象ではなく、2つ以上の量子系が相互作用すると一般に生じる。 たとえば、粒子同士の衝突や散乱、原子や分子の相互作用などによって、量子もつれは自然に生成される。ただし、それが量子もつれに特有の非古典的な相関であることを実証するには、専門的な実験手法が必要になる。

量子情報理論では、量子もつれは局所量子操作と古典通信(LOCC)のみでは生成できない状態として特徴づけられ、量子情報処理における重要な資源とみなされる。

量子もつれは、量子絡み合い量子エンタングルメントまたは単にエンタングルメントともよばれる。

歴史

1935年5月4日号の『ニューヨーク・タイムズ』に掲載されたEPR論文に関する記事の見出し

1935年、アインシュタインポドルスキーローゼンは、現在では量子もつれと呼ばれる状態を用いた思考実験(EPRパラドックス)を発表し、量子力学は不完全であると主張した。同年、シュレーディンガーはこの現象を「もつれ(Verschränkung)」と名付け[1][注 1]、量子力学の本質的特徴であると指摘する一方で、その奇妙さや解釈上の問題を強調した。アインシュタインは後に、量子力学の標準的解釈が示唆する非局所的な相関を「不気味な遠隔作用」と呼んで批判した[3]

1964年、ジョン・スチュワート・ベルが「ベルの不等式」を導出したことで、量子もつれの議論は哲学的な問題から実験によって検証可能な科学の問題へと変化した。

当時のアインシュタインの立場に反して、1970年代以降のジョン・クラウザーアラン・アスペらの実験によって、量子もつれの非局所的な相関が実際に存在し、局所的な隠れた変数理論では説明できないことが示された(2022年にノーベル物理学賞を受賞)[4][5]

1980年代以降、量子もつれを応用した量子コンピュータ量子暗号などの新技術の研究が進展した。

エンタングル状態の定義

純粋状態のエンタングル状態

部分系Aと部分系Bから構成される複合系を考える。部分系Aの純粋状態、部分系Bの純粋状態をと表すことにする。どのようなを用いても複合系の純粋状態

の形で表すことができないとき、はエンタングル状態であるという。ここで、テンソル積である。

混合状態のエンタングル状態

純粋状態の場合と同様に、部分系Aと部分系Bから構成される複合系を考える。A、Bの混合状態密度行列 で表すことにする。複合系の混合状態 が、

の形で表すことができないとき、混合状態 はエンタングル状態であるという。

エンタングル状態の非局所相関

説明のため、スピン1/2をもつ2つの粒子A、Bから成る系を考える。粒子A、Bはある時刻からの間に相互作用し、時刻に系全体の状態が

になったとする。ただし、はスピンのz成分固有値1/2、-1/2に属する固有ベクトルである。時刻以降は2つの粒子が離れていって相互作用が無くなり、以降は系全体の状態はのままであったとする [注 2]は、エンタングル状態であることが容易に証明できる。すなわち、時刻以降の系全体の状態は、粒子Aの状態と粒子Bの状態とのテンソル積として表すことができない。

となる時刻に、粒子Aのスピンのz成分を測定するとしよう。量子力学が教えるところによれば、測定結果として1/2と-1/2がそれぞれ確率1/2で得られる。そして、測定結果が1/2であれば系の状態はに収縮し、測定結果が-1/2であれば系の状態はに収縮する。したがって、粒子Aに対する測定を行う以前には粒子Bのスピンz成分は不確定であるが、粒子Aのスピンz成分を測定したとき、同時に、離れた位置にある[注 3]、粒子Bのスピンz成分は100%の確率で粒子Aの測定結果と逆向きの値になると判明する。

粒子A、Bは時刻には離れた場所にあるのだから、粒子Aに対する測定が瞬時に粒子Bの測定結果に影響を与えるということを、2粒子間の相互作用に帰することはできない。むしろこの結果は状態が持つ性質として理解されるべきである。このようなエンタングル状態が持つ非局所的な相関という性質が、すなわち量子もつれである。

量子もつれの応用

量子もつれを利用すると様々な量子情報処理タスクを行うことができる。

量子暗号

量子暗号の分野では、量子鍵配送という仕組みが利用される。これは、量子もつれ状態にある粒子のペアを送信者と受信者に配り、双方がそれを測定することで、暗号化に使う「共通鍵」を安全に共有する技術である。盗聴者が通信を観測するともつれ状態が乱れ、その痕跡を検出できるため、気づかれずに盗聴することが原理的に不可能な鍵共有が実現できる。

量子コンピュータ

量子コンピュータが特定の問題において古典コンピュータを上回る高速計算が可能となる理由は、単に量子ビットが「0と1の重ね合わせ」状態を取れることだけでは説明できず、「すべての答えを同時に並列計算している」という説明は正確ではない[6]

本質は、複数の量子ビットによる量子もつれによって、ビット数に対して指数関数的に増大する計算空間を作り出せる点にある。この空間に対して「波の干渉」を作用させ、正解の確率だけを高めてから観測(確定)させることで、超高速な計算を行う。

量子テレポーテーション

量子テレポーテーションは、量子もつれと2ビットの古典情報の通信を用いて、離れた場所に1量子ビットの量子状態を物理的な粒子を移動させることなく転送する技術である。

一方、その逆のプロセスにあたるものがスーパーデンス・コーディング(超高密度符号化)であり、これは量子もつれと1量子ビットの通信を用いて、2ビットの古典情報を離れた場所に転送する技術である。

これらは将来の量子インターネットの実現に向けた応用例として研究が進められている。

量子もつれの撮影

イギリスグラスゴー大学の研究チームが画像に記録するのに成功した。これは、量子コンピューターなどの研究・開発を発展させるのに役に立つとされている。
自発的パラメトリック下方変換によって、光子をもつれ状態にしビームスプリッターで光子対を分割する。光子Aの通路には通過するとランダムに位相が決まるフィルター(0°、45°、90°、135°)を設置し、超高感度ccdカメラで通過した光子の画像を撮影する。光子Bはフィルターを通過させずに進ませ、単一光子アバランシェダイオードで観測する。両方が同じタイミングで来たときに超高感度ccdカメラで撮影した画像を記録した[7][8]

注釈

  1. シュレーディンガーは1935年に発表した別の英語論文の中で「entanglement」という語も用いており[2]、これが現在広く使われる英語名称の起源となっている。
  2. より正確には、相互作用表示で見て不変。すなわち、相互作用が切れたのち、 全系のハミルトニアンは粒子A及びBのハミルトニアンの和になっているので、 及びで回転している座標系で見れば状態は変わらない。
  3. 「同時に」という概念は、特殊相対性理論では注意が必要である。ある観察者 a にとって事象 E1 と事象 E2 が同時に起こったとしても、異なる慣性系にいる観察者 b にとっては同時ではない。しかしながら、特殊相対性理論においても、2つの時空点の間が空間的に離れているか時間的に離れているかという概念は異なる慣性系から見ても変わらない。前者では直接の因果関係はありえず、後者では因果関係がありうる。よって、ここでは「同時に離れた」と書くのではなく、「空間的に離れた位置にある」と書いておけば特殊相対論の枠内でも問題がないが、簡便のため本文では「同時」という表現を使った。

出典

関連項目

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks