金子因之
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1883年(明治16年)に愛媛県で生まれた[2]。陸軍士官学校第15期、陸軍大学校第23期卒業[2]。1926年(大正15年)3月2日に陸軍歩兵大佐進級と第6師団司令部附となり[1]、熊本医科大学に配属された[1]。1928年(昭和3年)5月には歩兵第61連隊長(第4師団・歩兵第32旅団[3][4][5])に転じた[1]。
1931年(昭和6年)8月1日に陸軍少将進級と同時に澎湖島要塞司令官(台湾軍[6][7])に着任[1][2]。1932年(昭和7年)5月に歩兵第10旅団長(第11師団[8][9])に転じ[2]、1933年(昭和8年)3月18日に待命となり[2]、3月31日に予備役に編入された[2]。