金子有道
From Wikipedia, the free encyclopedia
石見国安濃郡川合村(現島根県大田市川合町川合)で物部神社社家・金子有卿の長男として生まれる[1][3][4]。父の隠居に伴い、1920年(大正9年)8月30日、男爵を襲爵した[1][4][5]。
皇典講究所で学び[4]、1896年(明治29年)物部神社禰宜に就任[1]。1916年(大正5年)御歌所編纂部に嘱託として加わり、『明治天皇御集』『昭憲皇太后御集』の編纂に従事した[2][6]。その他、久邇宮家御用掛、大礼使典儀官、御歌会始奉行、同頌講、御歌所参候などを務めた[2][3][4][6]。
1925年(大正14年)7月10日、貴族院男爵議員に選出され[7][8]、公正会に所属して活動し死去するまで在任した[2][9]。
人物
著作
- 金子清子編『竹の葉風』金子清子、1942年。

