金峰山
奈良県の大峰山脈のうち吉野山から山上ヶ岳までの連峰の総称
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金峰山(きんぷせん)とは、奈良県の大峰山脈のうち吉野山から山上ヶ岳までの連峰の総称[1]。または山上ヶ岳の別称である[1]。金峯山とも表記する。修験道発祥の山であるが、金峰山の境域は必ずしも明確ではない[2]。

大和国の吉野山は8世紀には神仙境視され、金峰山はその奥山として位置づけられていた[3]。吉野山の金峯山寺は修験道の中心地の一つであり、現在は金峯山修験本宗の総本山である。
なお「金峰山」に関しては金峰神社の背後にある青根ヶ峰(851m)に比定する説があるが、時代による変移の可能性もあるものの、谷文晁『日本名山図会』(1812年)では山上ヶ岳を指している[3]。
歴史
修験道の開祖とされる役小角(役行者)は、『日本霊異記』によれば大和国の金峰山と葛城山との間に橋を架けさせようとし、その後、仙人となって飛び去ったという[4]。吉野と熊野の間の大峰奥駆路は、役行者ゆかりの修行場として修験者にとって最も神聖な縦走路とされた[4]。『日本霊異記』は峰伝いに誦経しながら進む禅師がいたとしている[3]。長承2年(1133年)に書写された『金峰山本縁起』には熊野仙宿から王熟仙宿(吉野)までの宿名が記されている[3]。
また、12世紀の『梁塵秘抄』には「金の御嶽」として登場し、弥勒浄土の聖域と考えられていた[3][5]。
本山派(本山修験宗)では最初の巡拝所の柳ノ宿で勤行した後、吉野山の金峯山寺、山上ヶ岳を経て熊野へ縦走する(吉野から熊野に向かう逆峰(ぎゃくぶ)、熊野から吉野に向かう順峰(じゅんぶ)がある)[3]。一方、当山派では龍泉寺で水行後、山上ヶ岳から南へ進み最終的には熊野本宮に参詣する[4]。
各地の金峰山
日本各地に分布する多くの金峰山やそこに祀られる蔵王権現は本項でいう吉野金峰山を勧請したことに因む[2]。また、同じ山に金峰山と御嶽山の両方の名称が使われることがある。