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北条忠時 (金沢流)

鎌倉時代の武士、金沢流北条氏 From Wikipedia, the free encyclopedia

北条 忠時(ほうじょう ただとき)は、鎌倉時代末期の武将。金沢流北条氏の出身で、第15代執権北条貞顕の嫡男である北条貞将の長男。弟に淳時がいる。

時代 鎌倉時代末期
生誕 不明
別名 金沢忠時
概要 凡例北条忠時, 時代 ...
 
北条忠時
時代 鎌倉時代末期
生誕 不明
死没 元弘3年/正慶2年5月22日(1333年7月4日)
別名 金沢忠時
氏族 北条氏(金沢流)
父母 父:北条貞将
兄弟 忠時、淳時
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元弘3年/正慶2年(1333年)5月、新田義貞が鎌倉に攻め込んだ。『太平記』巻十にある「鎌倉合戦の事」によれば、忠時は化粧坂の守備についたとされ、その軍勢を3万余騎としている[1]。その後、父貞将と共に自害したという(「北条氏系図」)[2]。

脚注

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