金沢診断 From Wikipedia, the free encyclopedia 金沢診断(かなざわしんだん)とは1967年(昭和42年)に行われた、金沢市の都市開発と保存に関する調査および提言。 高度経済成長期において急激に全国の都市開発および近代化が進む中、非戦災都市として江戸時代から続く街並みが残る金沢市はモータリゼーションへの対応や都市開発による経済の活性化および産業創出の観点で遅れをとっている状態となっていた。 金沢市においても近代的な都市開発の機運が高まっている中、金沢市長を務めていた徳田與吉郎の依頼を受けた日本を代表する建築家の谷口吉郎を中心とした美術評論家の今泉篤男、法学者の中川善之助、建築史家の関野克、画家の東山魁夷の5名からなる有識者チームが金沢の街を歩いて開発と保存の観点で調査をした[1]。 有識者チームの提言を受けた金沢市は調査の翌年にあたる1968年には全国に先駆けて「金沢市伝統環境保存条例」を制定した。この動きをきっかけにして伝統的な街並みが残る倉敷市、京都市、柳川市、高山市、萩市にも類似した条例の策定が広がっていった。 金沢診断の一連の活動やその他自治体に波及したことも影響し、1975年に文化財保護法が改正され、重要伝統的建造物群保存地区の規定にも繋がり、全国の伝統的な建造物や街並みが保存される結果となった。 出典 ↑ “金沢景観五十年のあゆみ | 金沢市市政情報デジタルライブラリー”. 金沢景観五十年のあゆみ | 金沢市市政情報デジタルライブラリー. 金沢市 (2026年1月19日). 2026年1月19日閲覧。 Related Articles