金澤利翼
山口県出身のボディビルダー
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経歴
2026年時点で現役最高齢となる90歳のボディビルダーであり、ボディビル界で金澤を知らない者はいないという[2]。
太平洋戦争中は疎開先で芋を掘り、虫を捕まえ、腹の足しにしており、その頃の我慢と苦労が自分を支えているという[3]。
広陵高等学校、広島修道大学短期学部に進学し[1]、元々は競泳選手であったが、ボディビルダーに傾倒し始め、定職に就かずにトレーニングに集中していたという[2]。
1960年に日本選手権優勝し、1963年に2度目の「ミスター日本」の称号を手にし、1967年・1969年の世界選手権でも4位入賞[1][2]。1965年に「広島トレーニングセンター」(広島初となるトレーニングジム)を設立し、会長に就任するためにボディビルダーを引退[2]。
50歳になる前に、鏡の前で自分の衰えた姿を見て落胆し、ボディビルダーとして1から鍛え直す事を決意し、ボディビルに復帰[2]。1998年 - 2002年の日米親善大会にてアメリカに勝利し、優勝[1]。2016年に40歳以上が集う「世界マスターズボディビル選手権」に出場し、57歳で再び日本一に輝き、快進撃を続けた[1][2]。
人物
- 夢や目標を持つことが大事であると強く提唱している[2][3]。「いくつになっても目標を持ち続けること、挑戦し続けること」が大事であるといい、スマートフォンやSNSも使用し始め、英語も勉強するなど精力的に行動を起こしているという[2]。「食事の内容を変える」「1日10分だけ歩く」など身近な事から始め、目標を持てば人生を変えられると提唱している[2]。
- 広島県初のトレーニングジムの創始者[2]。
- トレーニングについて「がむしゃらはダメ」と説いており、理論に基づいたトレーニング法を提唱している[2][3]。また日々の生活もトレーニング的な物であり、食事・掃除・洗濯など全て1人でこなしているという[2]。
肉・魚を摂らない食生活
金澤は「昔は粗食だったが、お年寄りは病気知らずでした。日本人の腸には日本食が最も適している」と語り、肉・魚・乳製品のタンパク源は摂らず、ステーキなども食べず、玄米・十六穀米・納豆・卵入りみそ汁・フルーツの1日3食の食生活を50歳から30年以上も続けてるという[2][3][4]。足りないタンパク質はプロテインで摂り、栄養素もビタミン剤で補う[2]。金澤の食生活は徹底した物であり「肉や魚を食べなければ筋肉は鍛えられないという世の中の常識を覆したい。日本食の素晴らしさを世界に伝えることも私の役目」と笑う。酒類や清涼飲料水など「体に悪いと思うものは体内に入れない」と語っている[2]。
実績
- 1960年・1963年:日本ボディビル選手権 優勝。
- 1967年・1969年:世界ボディビル選手権 4位。
- 1994年・1997年・1998年・2005年・2011年 - 2014年・2016年 - 2019年・2021年:日本マスターズ選手権 優勝。
- 1998年 - 2002年:日米親善大会 優勝。
- 2016年:世界マスターズボディビル選手権 65歳以上の部 6位。
- 2016年・2017年・2018年・2019年:世界マスターズボディビル選手権 出場。
出演
- 欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞(日本テレビ)
- 27時間テレビ(フジテレビ)
- クイズ!ヘキサゴン(フジテレビ)
- 行列のできる法律相談所(日本テレビ)
- 午前零時の岡村隆史(TBSテレビ)
- 森田一義アワー 笑っていいとも!(フジテレビ)
- スクール革命!(日本テレビ)
- 最強ご長寿グランプリ
- ZIP!(日本テレビ)
- 月曜から夜ふかし(日本テレビ)
- 知っとこ!(TBSテレビ)
- 仰天クイズ! 珍ルールSHOW(テレビ東京)
- 超元気なびっくり老人スペシャル
- ニュースウォッチ
- 情報ライブ ミヤネ屋(日本テレビ)
- BSプレミアム やみつき人生
著書
- 『体の芯から若返る カナトシ式楽筋トレ』 講談社、2023年10月3日。ISBN 978-4-06-533303-7。