金澤富夫
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金澤 富夫(かなざわ とみお、1933年〈昭和8年〉 - 2015年〈平成27年〉)は、日本の実業家。Olympicグループ(旧・オリンピックショッピングセンター)の創業者。
東京都に生まれる。1956年、明治大学商学部を卒業後、家業である山金に入社し専務を務めた後に、オリンピックショッピングセンターを設立した。1962年、オリンピックショッピングセンター(現・Olympicグループ)の代表取締役に就任し、総合ディスカウントストア事業の拡大を進めた。1968年には吉祥寺名店会館社長、1969年にはオリンピックビル代表取締役を兼務するなど、関連会社の経営にも携わった。
1973年、オリンピックショッピングセンター社長に就任。1981年に会長、1988年にはオリンピック会長となり、同社の事業基盤強化と店舗網拡大を主導した。[1]
ハーフ・センチュリー・モア
1979年、高齢者向け住宅事業を行うハーフ・センチュリー・モアを創業。同社は「サンシティ」シリーズを中心としたシニア向け住宅を展開し、アメリカのCCRC(Continuing Care Retirement Community)の概念を日本に導入した企業として知られる。[2]
金澤は創業者として、入居者の生活支援・医療連携・終身利用を重視した事業モデルの構築に関わった。晩年には、自身の経営観をまとめた「創業者からの伝言」を残している。[3] 2015年、82歳で死去。[4]