金相旭
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1980年1月1日、慶尚北道義城郡生まれ。大邱で子供時代を過ごした。高麗大学校法科大学法学科、釜山大学校大学院卒(法学修士)[1]。国民の力蔚山広域市党法律諮問委員長、法務法人ザ・ジョンソン代表弁護士などを務めた[2]。
2024年の第22代総選挙では蔚山南区甲選挙区より選出され、2024年12月時点で国民の力院内副代表・蔚山広域市党委員長[1]を務めていた。
2025年5月8日、ソウル市内にある国立ソウル顕忠院で記者会見を行い国民の力を離党すると宣言した。「機会があれば李在明や李俊錫など大統領候補に会い、懸案の解決と国の方向性について苦労を共にしたい」として、いずれかの陣営に合流する可能性を示唆した[3]。同月15日に国会で行った記者会見で、「最も保守らしい候補」として李在明候補への支持を宣言[4]。翌16日には李在明候補の遊説に参加した[5]。
同月18日、光州広域市にある5・18民主墓地で記者会見を行い共に民主党に入党する事を明らかにした。その中で「(共に)民主党内に保守・進歩の機能を共に有し、けん制・均衡の原理を見出さないといけない」と主張した[6]。
2026年3月20日、第9回全国同時地方選挙における蔚山広域市長選挙の共に民主党内の予備選挙で勝利し、党の公認候補に選出された[7]。
エピソード
2024年12月7日、同月3日の非常戒厳令を発令した大統領の尹錫悦への弾劾訴追案の投票はほとんどの与党議員が退席したが、金相旭は後に国会に戻った。その際、集まっていた者たちから「金相旭!金相旭!」という声と共に歓声があがり、投票するために議場に入った際には野党議員らにより拍手が送られた。ただし、その時のインタビューでは尹が大統領を務める資格がないが、党論に従い反対票を投じたと表明した[8]。しかし、同月14日の第2回弾劾投票では、賛成票を投じたとその後のインタビューで表明した[9]。