鈴岡城 From Wikipedia, the free encyclopedia 城郭構造 平山城築城主 小笠原氏廃城年 1590年遺構 曲輪、土塁logo鈴岡城(長野県)城郭構造 平山城築城主 小笠原氏廃城年 1590年遺構 曲輪、土塁指定文化財 県指定史跡[1]位置 北緯35度29分02.0秒 東経137度49分36.0秒 / 北緯35.483889度 東経137.826667度 / 35.483889; 137.826667座標: 北緯35度29分02.0秒 東経137度49分36.0秒 / 北緯35.483889度 東経137.826667度 / 35.483889; 137.826667地図 鈴岡城 テンプレートを表示 鈴岡城(すずおかじょう)は、長野県飯田市にあった日本の城。 鈴岡小笠原氏の居城である。小笠原氏は政康の死去後、府中(深志)小笠原氏、松尾小笠原氏、鈴岡小笠原氏に分かれて対立したが、鈴岡城は鈴岡小笠原氏の居城であった。 天文23年(1554年)、武田信玄の伊那侵攻に際して松尾小笠原氏の小笠原信貴・小笠原信嶺父子は信濃先方衆として活躍し、松尾城を回復したが、鈴岡小笠原氏[2]の小笠原信定は敗れ、落城した。 毛賀沢川の谷を挟んだ北側には松尾小笠原氏の松尾城があり、その後は松尾城の支城として使用された。現在は鈴岡公園として整備されている。 脚注 ↑ “県史跡” (PDF). 長野県 (2013年1月1日). 2012年1月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年4月5日閲覧。 ↑ 小笠原政秀の代で一旦滅亡していたが、松尾小笠原氏への対抗上、府中小笠原氏から信定が入り再興させた。 参考文献 南原公平 著『信州の城と古戦場』 しなのき書房 2009年 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles