鈴木勲
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立教大学在学中、来日したルイ・アームストロング・オールスターズの公演を聴き特にベース奏者のミルト・ヒントンに衝撃を受ける[3]。1956年には米軍ベースキャンプで演奏を始める[4]。その後松本英彦カルテット、渡辺貞夫グループに入り活動[5]。また自己のグループ結成後ファイブスポット等でライブ活動を行う[6]。1963年の「幻の銀巴里セッション」でも菊地雅章、富樫雅彦、金井英人とのセッションを残している。1970年、来日したアート・ブレイキーにスカウトされ渡米、ジャズ・メッセンジャーズの一員となり全米、欧州をツアー[4]。帰国後TBMレーベルで『ブロー・アップ』(日本ジャズ賞受賞)等の名作を録音[6]。 その後もジャンルを問わず多くの内外ミュージシャンと共演し、後年は日本の若手ミュージシャンの教育にも力を注いだ[7]。
ディスコグラフィ
- TBM-15 Blow Up (1973)
- TBM-24 Blue City (1974)
- TBM-36 All Right (1974)
- TBM-44 Oran-Utan (1975)
- TBM-57 Touch (1975)
- TBM-63 Black Orpheus (1976)
- TBM-76 Ako's Dream (1976)
その他多数。