鈴木良徳 From Wikipedia, the free encyclopedia 鈴木 良徳(すずき よしのり、1902年1月25日 - 1991年9月14日)は、日本の陸上競技指導者。JOC名誉委員、日本陸連元理事長。栃木県出身。 郁文館中学校、旧制松本高等学校文科乙類を経て、九州帝国大学農学部農業化学科卒業、1926年同大学法文学部中退。1932年、日本陸連の役員となり、1960年ローマ五輪の陸上競技総監督などを務め、同年日本陸連理事長。1969年日本体育協会アマチュア委員長に就任し、「アマチュア規定」制定に尽力したほか、1964年東京五輪組織委競技交通警備特別委員、ユニバーシアード組織委総務委員、第8回・第14回国際オリンピックアカデミー調査員、札幌冬季五輪式典委員、体協理事、COJO・JOC合同委員長などを歴任。1970年より陸運審議委員。またこの間、大日本特許肥料大阪工場長や、慶應義塾大学講師等も務めた。 著作 「アマチュア200年」 「オリンピック史」 「オリンピック外史」 「記録をうちたてた人々」 「現代農業史」 「時刻表マニア」 栄誉 産経児童出版文化賞(1966年) 藍綬褒章(1967年) 勲三等瑞宝章(1973年) 朝日体育賞(1978年) オリンピック・オーダー銅章(1978年) 人物 春日良一によれば[注釈 1]、1980年代のJOC上層部には「アマチュアイズムの権化」のような人物がまだ多くおり、「オリンピック博士」と呼ばれた鈴木はその代表的な人物であった。鈴木はオリンピックシンボルの商業的利用に断固反対の立場で、IOC会長(フアン・アントニオ・サマランチ)にも「ガンガン文句を言っていました」という[1]。 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ 春日は日本体育協会からJOC参事(1991年 - 1995年)に移った人物。2017年の雑誌記事において、電通のオリンピックビジネスを批判する文脈での発言である[1]。なお、電通とオリンピックの関わりは1980年モスクワオリンピックのPRから深まったという[1]。 出典 1 2 3 “【オリンピックと電通】元JOC参事・春日良一が語る巨大広告代理店の実態「もう物申せる人がいないのでは」”. Smart FLASH. 光文社 (2022年1月28日). 2022年1月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年8月21日閲覧。 出典 出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。 記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2023年5月) 「日本人名大辞典」 講談社 2001年 「20世紀日本人名事典」日外アソシエーツ 2004年 典拠管理データベース 全般 ISNI VIAF 国立図書館 アメリカ 日本 オーストラリア 学術データベース CiNii Books CiNii Research この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。表示編集 Related Articles