鈴木良氏

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時代 平安時代中期
生誕 不詳
死没 不詳
別名 鈴木判官
 
鈴木良氏
時代 平安時代中期
生誕 不詳
死没 不詳
別名 鈴木判官
官位 右衛門府生検非違使美濃権介従五位下
氏族 藤白鈴木氏
父母 父・鈴木基行 母・不詳
兄弟 良氏良勝
熊野連広継の女
重氏
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鈴木 良氏(すずき よしうじ、生没年不詳)は、平安時代中期の貴族官位右衛門府生検非違使従五位下。鈴木判官を称した[1]

天暦10年(956年)5月、補使に任官[1][2]。『扶桑略記天徳4年(960年)条に右衛門府生検非違使の穂積良氏として現れ[1]、同年4月18日に式部大輔橘直幹が式部史生・奈癸忠雅に殴打された事件の追捕にあたり一疋を給与されており[3]、在京の武官として活動している。

応和2年(962年)には美濃権介に任官した[1][2]

系譜

宮内庁書陵部蔵『華族系譜61 亀井家』[4]による。

脚注

参考文献

関連項目

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