改革開放前の計画経済時代の中国の労働雇用制度は、中央・地方の労働当局が統一的に国営企業・行政機関等に新規学卒者を分配していく「統一労働分配制度」が採用されていた[3]。この制度の下では、労働者の職業選択の自由は原則的に認められず、企業側にも労働者の選別および雇用調整の自由は認められていなかった[3]。そのため「鉄の茶碗」(解雇がない)、「鉄の椅子」(降格がない)、「鉄の賃金」(賃金切り下げがない)の「三鉄」と呼ばれ、中国国営企業の特徴であった[3]。この労働雇用制度は、労働力供給過剰傾向に伴う構造的失業者の大量発生を防ぐ一方で、企業の生産性に見合わず、国営企業の赤字体質を招来させた[3]。