鍋島清久 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代生誕 延徳2年(1490年)死没 天文13年(1544年)主君 龍造寺家兼 凡例鍋島 清久時代 戦国時代生誕 延徳2年(1490年)死没 天文13年(1544年)主君 龍造寺家兼氏族 鍋島氏父母 父:鍋島経房妻 野田大隅守娘子 清泰、清房テンプレートを表示 鍋島 清久(なべしま きよひさ)は、戦国時代の武将。龍造寺氏の家臣。鍋島直茂の祖父。鍋島氏4代当主。 鍋島氏は元は肥前国の在地の小土豪。 延徳2年(1490年)、鍋島経房(初名:清直)の子として誕生。父・経房は龍造寺氏の主君・少弐氏の出身で母方の鍋島氏を継承していた。 享禄3年(1530年)、龍造寺家兼が大内義隆と戦った際(田手畷の戦い)、家兼に協力して赤熊の面をかぶって大活躍したという。これにより清久はその実力を認められる事になり、鍋島氏は龍造寺氏の家臣となった。 天文13年(1544年)、死去。 先代鍋島経房 肥前鍋島氏4代当主 次代鍋島清房 Related Articles