鍾睒睒
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人物
1954年12月、浙江省紹興市諸曁生まれ。文化大革命によって小学校5年次で学業を中断、石工や大工として働く。文化大革命後の1977年に高考再開後、2回の受験失敗を経て浙江広播電視大学(現・浙江開放大学)に入学、中国語と文学を専攻し、1985年に卒業。
1983年、浙江日報に記者として入社、1988年の退職後は海南省に拠点を移し、新聞の創刊やキノコ栽培、露店商など起業を繰り返すも、失敗に終わった。1991年、娃哈哈の海南省・広西省における販売代理店を設立した。創業者の宗慶後と面会して販売権を得たが、販売区域外に横流ししたため、販売権をはく奪された[4]。1993年に養生堂を設立すると、親孝行を宣伝にした健康補助食品を販売し、わずか1年で全国発売されるヒット商品となった。その後、養生堂は大型医薬品・健康食品企業へと発展していく。また、2002年に製薬企業の万泰生物を買収し、これがのちにHPVワクチンの開発に成功、2020年には鐘睒睒が手にする初の上場企業となる。
1996年、商談で訪れた千島湖の水質の良さに着目し、農夫山泉を設立した。飲料水の宣伝文句である「農夫山泉は少し甘い」というキャッチコピーは、中国で最も有名な飲料コピーの一つである。当初は販売に苦戦したが、当時の主流であった純水は健康に有益ではなく、弱アルカリ性水を飲むべきだという見解を打ちだして差別化を図り、競合他社に訴訟を起こされながらもビジネスとしては大成功を収めた[5]。その他、清涼飲料水や茶、機能性飲料なども展開している。
2020年9月8日、農夫山泉は香港取引所に正式に上場した。鐘の資産価値も急上昇し、一躍中国の新たな一番の富豪となった[6]。その時は30分で首位から陥落したが、その後株価の上昇とともに中国一の富豪に復帰し、長者番付では2021年から4度の1位に輝いている[7]。