鑑内橋
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文政13年(1830年)頃、種山石工の岩永三五郎によって建造されたと伝わる[2][1]。鏡町(鑑)と内田村を結んでいることが名称の由来である[2]。天草諸島で産出された砂岩が用いられている。
1877年(明治10年)に起こった西南戦争の際、日奈久に上陸して北上していた新政府軍の斥候、熊本城から南下していた薩摩軍の斥候は鑑内橋で出会い、薩摩軍が氷川に陣を構えたことで両軍が衝突した[2][1]。
1993年(平成5年)7月1日[1]、鏡町指定文化財に指定された。老朽化が進行していたことから1994年(平成6年)に改修された[2]。2005年(平成17年)8月1日には鏡町や(旧)八代市などが合併して(新)八代市が発足し、八代市指定文化財に指定された。