大分県出身。父は漢学者で書家の長三洲、兄は歴史学者の長寿吉。1914年(大正3年)に京都帝国大学法科大学政治科を卒業した。京都府属、同久世郡長を経て、貴族院書記官となり、内務参事官、法制局参事官、臨時議院建築局事務官、同書記官、大蔵省営繕管財局書記官を兼ねた。貴族院庶務課長を経て、1931年(昭和6年)に貴族院書記官長に就任し、営繕管財局参与も兼ねた。
退官後の1938年(昭和13年)4月2日に貴族院議員に勅選され[4]、1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した。墓所は多磨霊園[5]。