長命館

宮城県仙台市泉区にある日本の城跡。 From Wikipedia, the free encyclopedia

長命館(ちょうめいだて)は、宮城県仙台市泉区加茂2丁目にある中世の城館山城)跡[2][3]。長命氏という地域領主の館だったと推定されており、1987年(昭和62年)に仙台市の歴史公園(長命館公園または風の子公園)として整備された[4]

別名 深沢城
城郭構造 山城
築城主 不明(長命氏説)
築城年 不明
概要 logo長命館 (宮城県), 別名 ...
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長命館
宮城県
冠木門
冠木門
別名 深沢城
城郭構造 山城
築城主 不明(長命氏説)
築城年 不明
主な城主 不明
廃城年 不明
遺構 土塁、郭、堀、井戸
指定文化財 史跡等未指定[1]
登録文化財 史跡等未登録[1]
再建造物 なし
位置 北緯38度18分55.0秒 東経140度51分29.0秒
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立地

泉中央から西方にあり、遺跡の北側にある七北田川が東流して出来た河岸段丘と七北田丘陵の境目に位置する。東西250メートル、南北350メートルの範囲に広がり、標高90メートル、段丘との標高差は60メートルに達する[3][2]

周辺には長命堤や長命沼、長命滝不動尊がある他、沼遺跡や高柳遺跡など縄文時代以来の遺跡が点在する[3][2]

1984年(昭和59年)・1985年(昭和60年)に、歴史公園整備事業に先立ち、考古学的な知見を得るための立会調査および試掘調査が実施され、空堀土坑などの遺構や中世の陶磁器が発見された[2]

1987年(昭和62年)に歴史公園として市の整備をうけ、2026年(令和8年)現在は歴史公園のシンボルとして冠木門や展望台、野鳥観察小屋が設置されており、また梅や桜などが植えられ、仙台市「緑の名所百選」に選ばれている[3][2]

歴史

1506年(永正3年)の「国文勇者長命別当」なる地頭が留守領に攻め込み、古藤三郎に打ち取られた[2]

1543年(天文12年)には「国文勇者長命別当」が江古和泉と争って討死した。国文勇者長命別当弟広谷熊太郎は規模は不明であるが、「館」を構えていた。実際のところは不明であるが中世史料や本郷家家系図に複数回名前があがっていることから長命館の領主は、長命氏と考えられている。また「館」を構えていることから、中規模程度の地頭と考えられている[2]

1925年(大正14年)発行の『仙台叢書 第八巻』によれば

一 深澤の城長命館。是は中山の北はづれ。野村海道右の下なり。せはけれども澤深くきれ入。要害よかりしとなり。七北原の者どもは、古の城下より取移したる云傳。
仙台叢書刊行会、仙台叢書 第八巻

とあり、長命館が中山北端の谷地形に位置し、敷地は狭いものの、沢が深く入り込んだ要害の地であり攻め入りにくい地形であったとされる。またこの時点で「城」と認識されていたことがわかる[5]

構造

立地条件

  • 七北川流域を見下ろす丘陵地帯(舌状台地)に位置する[2]
  • 周辺の地形的特徴と、かつての軍事的な優位性(視界の良さなど)がある[2]

城郭の遺構

  • 現存する土塁(どるい)や空堀(からぼり)の配置と保存状態[2]
  • 曲輪(くるわ、郭)の構成(本郭、二の郭などの配置)[2]
  • 中世城郭としての形態的特徴[2]

考古資料

  • 瓶子-肩部分の張り出しは13世紀後半のものと考えられている[2]
  • 四耳壺-色調、耳の貼り付け技法、肩の部分の形状が13世紀後半のもの[2]
  • おろし皿-開き気味の口縁部の破片から15世紀のものと推定されている[2]
  • 椀-15世紀に扱われていたものに類似している[2]
  • 四足盤-内外面が施釉され、浅く開く形態を呈しており15世紀後半のものと考えられている[2]
  • 甕-最も多く出土した白石市東北窯跡出土品の中に類似する口縁帯から13世紀から14世紀のものと考えられている[2]

交通アクセス

仙台市地下鉄南北線八乙女駅下車、当駅バスターミナルから仙台市営バスに乗車、「加茂二丁目南」バス停で下車し、徒歩8分。

出典

参考文献

外部リンク

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