長命館
宮城県仙台市泉区にある日本の城跡。
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立地
泉中央から西方にあり、遺跡の北側にある七北田川が東流して出来た河岸段丘と七北田丘陵の境目に位置する。東西250メートル、南北350メートルの範囲に広がり、標高90メートル、段丘との標高差は60メートルに達する[3][2]。
周辺には長命堤や長命沼、長命滝不動尊がある他、沼遺跡や高柳遺跡など縄文時代以来の遺跡が点在する[3][2]。
1984年(昭和59年)・1985年(昭和60年)に、歴史公園整備事業に先立ち、考古学的な知見を得るための立会調査および試掘調査が実施され、空堀・土坑などの遺構や中世の陶磁器が発見された[2]。
1987年(昭和62年)に歴史公園として市の整備をうけ、2026年(令和8年)現在は歴史公園のシンボルとして冠木門や展望台、野鳥観察小屋が設置されており、また梅や桜などが植えられ、仙台市「緑の名所百選」に選ばれている[3][2]。
歴史
1506年(永正3年)の「国文勇者長命別当」なる地頭が留守領に攻め込み、古藤三郎に打ち取られた[2]。
1543年(天文12年)には「国文勇者長命別当」が江古和泉と争って討死した。国文勇者長命別当弟広谷熊太郎は規模は不明であるが、「館」を構えていた。実際のところは不明であるが中世史料や本郷家家系図に複数回名前があがっていることから長命館の領主は、長命氏と考えられている。また「館」を構えていることから、中規模程度の地頭と考えられている[2]。
1925年(大正14年)発行の『仙台叢書 第八巻』によれば
一 深澤の城長命館。是は中山の北はづれ。野村海道右の下なり。せはけれども澤深くきれ入。要害よかりしとなり。七北原の者どもは、古の城下より取移したる云傳。—仙台叢書刊行会、仙台叢書 第八巻
とあり、長命館が中山北端の谷地形に位置し、敷地は狭いものの、沢が深く入り込んだ要害の地であり攻め入りにくい地形であったとされる。またこの時点で「城」と認識されていたことがわかる[5]。

