長島孝一
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- 1936年 東京に生まれる
- 1957年 - 1959年 ヨーロッパへ独り旅
- 1961年 早稲田大学建築学科卒
- 1961年-1963年 竹中工務店で槇文彦の下で働く
- 1964年 フルブライト給費留学生としてハーバード大学GSD大学院卒、都市設計修士
- 1964年 ヒュー・スタビンス建築事務所所員
- 1965年 アテネ居住科学研究センター研究員
- 1965年 - 1972年 槇総合計画事務所所員
- 1969年 - 1972年 シンガポール大学大学院準教授
- 1972年 - 1976年 槇総合計画事務所取締役
- 1976年から株式会社AUR建築・都市研究コンサルタントを主宰
- 1981年 - 2002年 国際建築家協会連合UIA理事、UIA ・AOF(未来の建築)作業部会長
- 2022年7月24日、膵臓がんのため死去。85歳没[3]。
主な受賞作品
代表作品
- 逗子海岸の家他、逗子葉山の一連の住宅(神奈川県建築コンクール1980年,82年)
- 援助マリア会福山修道院(1986年)福山暁の星女子中学・高等学校体育館(1984年)福山暁の星学院栄養専門学校増築(1987年)
- 片瀬カトリック教会信徒会館
- 聖アンデレ教会(1983年)
- カトリック五井教会(1985年)
- 浦賀の家(1982年)
- 女子聖学院礼拝堂・講堂棟(1987年)
- 世田谷区立 船橋地区会館(1987年)
- 那須友愛の森定住センター・工芸館(SDレビュー1986、栃木県マロニエ建築賞、1989年、甍賞、1991年)
- 中庭型都市集合住居提案(建設省新都市型ハウジングシステム優秀賞、1986年)
- 世田谷区立特別養護老人ホーム・芦花ホーム(1991年)
- 千里国際学園(大阪まちなみ賞、1992年)
- 聖コロンバン会本部(日本建築家協会25年賞、2011年)
- 石原なち子記念体育館(新日本建築家協会新人賞、1983年 JIA 25年賞、2010年)
- 聖アンセルモ祈りの家(1980年)
- 谷川山荘の改修(1981年)
- 神原邸(1981年)
- 信楽の多目的ホール(1990年)
- 佐用フュージョン倶楽部・ゲートハウス(1990年)
- 世田谷区松沢出張所(1992年)
- 千里ヒルズニュータウン
- 首都高速道路狩場線南太田2丁目フレンド公園
- 大いたち橋・小いたち橋、㹨川プロムナード他いたち川の自然復元と景観デザイン-1982年からのプロジェクト-(土木学会デザイン賞2011優秀賞)
- マレーシア・ラブアン島開発計画
- 大岡川プロムナード(横浜まちなみ景観賞[4]、1986年, 建設省手づくり郷土賞[5][6]、1987年)
- オリンピック記念噴水池北緑地
- みなとみらい21新港地区緑地景観計画、赤レンガパーク基本設計(1988年)
- 八津御嶽神社(1998年)

職能団体
- JIA日本建築家協会名誉会員、日本建築学会評議員、日本都市計画学会評議員
- UIA国際建築家協会連合理事、UIA ・AOF(未来の建築)作業部会長
- ARCASIAアジア建築家協議会フェロー、JIA美しい建築推進特別委員会委員長