長島誠一
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当時の東京市目黒区に生まれたが、東京大空襲で被災したため福島県石川郡浅川町に疎開し、福島県立東白川農商高等学校卒業まで福島県で育つ[1]。
高校卒業後、上京し、1961年に一橋大学経済学部に入学[1]。1965年に学部を卒業して一橋大学大学院経済学研究科へ進学し、1970年に博士課程を単位取得退学した[1]。指導教官は種瀬茂[3]。
1970年に一橋大学経済学部助手に採用され、1971年に関東学院大学経済学部専任講師となり、1974年に助教授へ昇任した[1]。1980年から1981年にかけて、カリフォルニア大学リバーサイド校に留学した[1]。1982年、東京経済大学経済学部助教授に転じ、1983年に教授となった[1]。2012年、定年退職し、名誉教授の称を受ける[1]。
景気循環論、恐慌論を中心としたマルクス経済学の研究者として長く活動し、後には環境問題の観点を唯物史観、マルクス経済学に包摂する試みに取り組んで[2][4]、ジェイムズ・オコンナーなどの議論を展開させた新しい社会主義の構想を提示した[5]。