長崎機関区
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- 1897年(明治30年)7月22日 - 九州鉄道長崎機関庫として開設(現 浦上駅構内)。
- 1905年(明治38年)4月5日 - 浦上機関庫に名称変更。
- 1907年(明治40年)7月1日 - 国有化により官設鉄道に移管。
- 1935年(昭和10年)12月25日 - 浦上機関庫が手狭となり、長崎駅隣接地に長崎機関庫を新設して浦上機関庫の機能を移転[1]。
- 1936年(昭和11年)9月1日 - 組織改正により長崎機関区に名称変更。
- 1945年(昭和20年)8月9日 - 原爆投下により被災。
- 機関区職員の死者19名、重軽傷者67名。慰霊碑が当区の後身である長崎運輸センター構内にある。
- 1964年(昭和39年)3月31日 - 蒸気機関車の配置がなくなり、気動車のみ配置となる。入換用蒸気機関車は早岐機関区に所属替え。
- 1987年(昭和62年)3月1日 - 長崎客貨車区と統合され、長崎運転所となる。
- 1999年(平成11年)6月1日 - 長崎鉄道事業部発足に伴い、同部の長崎運輸センターとなる。