長沢二郎 日本の競泳選手 (1932-2010) From Wikipedia, the free encyclopedia 長沢 二郎(ながさわ じろう, 1932年(昭和7年)2月2日 - 2010年(平成22年)3月23日)は、日本の競泳選手。 1954年 人物 静岡県沼津市出身。静岡県立沼津東高等学校から早稲田大学高等学院に編入し、早稲田大学政治経済学部卒業。早大では水泳部に所属した。 早大在学中の1952年ヘルシンキオリンピックに出場し、200メートル平泳ぎで6位[1]。1954年5月にバタフライが平泳ぎから分離する形で考案され、同年6月に長沢が「ドルフィンキック」を発明、当時の200メートルバタフライの世界新記録を更新した。同年には第4回日本スポーツ賞を受賞。引退後の1964年には、第18回夏季オリンピック東京大会において競泳日本代表のコーチを務めた。1993年に国際水泳殿堂入り[1]。 2010年3月23日14時55分、食道癌のため東京都狛江市の病院で死去[1]。78歳没。 脚注 [1]“長沢二郎氏死去 競泳のドルフィンキック考案者”. 共同通信社. 47NEWS. (2010年3月23日). https://web.archive.org/web/20131219050716/http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010032301001083.html 2013年12月18日閲覧。 外部リンク 長沢二郎 - オリンピックチャンネル 長沢二郎 - Olympedia (英語) 長沢二郎 - Sports-Reference.com (Olympics) のアーカイブ (英語) 長沢二郎 - 世界水泳連盟 (英語) 長沢二郎 - 国際水泳殿堂 (英語) 長沢二郎 - SwimRankings.net (英語) この項目は、水泳選手(飛込競技選手・アーティスティックスイミング選手・水球選手を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJスポーツ人物伝)。表示編集 Related Articles