幕末に幕府大老として開国を主導した井伊直弼は、海防について鎖国を籠城に見立て、以下のように述べていた:[3]
籠城も橋を引候得ば、居すくみに成、終始は難㆑保、又川を隔戦ひ候にも、渡りて打て掛り候方勝利を得ると伝承候。行く者は進取之勢あり、待つ者は退縮之姿にて、古今之勢、必然に相見え候。祖宗閉洋之御法には候得共、支那和蘭之橋ばかりは残し被㆑置候。今此橋を幸ひに、外国之御所置可㆑有㆑之事、暫く兵端を不㆑開、年月を経て、必勝万全を得るの術計に出可㆑申哉。
— 井伊直弼の海防論[4][3]
1894年発行の訳書「今世国家論」の陸羯南による前書き(日新叢書叙)には、「近日世ニ言フ所ノ開國進取ノ國是」とある[5]。
1897年の大隈重信は外交方針演説で、「此の國是、所謂開國進取、言換れは即ち外國に向つて萬國と併立すると云ふ主義からして、日本が導かれて今日大に文明が進んで、世界に重んせられ、尊敬さるると云ふ國にまで進んだのは、皆其主義に從つたものであると存じます」と述べた[2]。
1907年の帝国国防方針でも使われる。