間中進之 From Wikipedia, the free encyclopedia 生年月日 1852年3月3日[注釈 1]出生地 日本 武蔵国葛飾郡惣新田村(現・埼玉県幸手市)没年月日 (1890-09-05) 1890年9月5日(38歳没)所属政党 弥生倶楽部 日本の政治家間中進之まなか しんし生年月日 1852年3月3日[注釈 1]出生地 日本 武蔵国葛飾郡惣新田村(現・埼玉県幸手市)没年月日 (1890-09-05) 1890年9月5日(38歳没)所属政党 弥生倶楽部 衆議院議員選挙区 埼玉県第3区当選回数 1回在任期間 1890年7月1日 - 1890年9月5日 南埼玉郡長在任期間 1880年6月 - 1890年3月 埼玉県会議員選挙区 北葛飾郡・中葛飾郡選挙区在任期間 1879年 - 1880年テンプレートを表示間中 進之(まなか しんし、1852年3月3日〈嘉永5年2月13日[1][2][注釈 1]〉 - 1890年〈明治23年〉9月5日[1][4])は、日本の政治家。衆議院議員。所属は弥生倶楽部[5] 武蔵国葛飾郡惣新田村(のち埼玉県北葛飾郡吉田村、現幸手市)で生まれる[1][2]。漢学を学んだ[1][2][3]。 1874年(明治7年)、22歳で学区取締となる[1][2]。1879年(明治12年)、北葛飾郡・中葛飾郡選出の埼玉県会議員に選ばれた[6]。議会では、立案委員、組合監事などを務めた[2]。1880年(明治13年)6月、議員を辞職して南埼玉郡長に就任[1][2][3][4][7]。1890年(明治23年)3月に郡長を辞任した[7]。 同年7月、第1回衆議院議員総選挙に埼玉県第3区から出馬して当選したが、2ヵ月後に死去した[1][2][3]。 脚注 注釈 1 2 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑 322コマ』では「嘉永元年3月」となっている[3]。 出典 1 2 3 4 5 6 7 『埼玉人物事典』754頁。 1 2 3 4 5 6 7 『埼玉県議会史 6巻 543コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション 1 2 3 4 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑 322コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション 1 2 『明治過去帳 : 物故人名辞典 新訂版 244コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション ↑ 『衆議院議員党籍録 第1至55回議会 8コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション ↑ 『埼玉県議会史 1巻 123コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション 1 2 『埼玉県南埼玉郡勢一斑 大正4年 9コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション 参考文献 埼玉県教育委員会編『埼玉人物事典』埼玉県、1998年。 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。 大植四郎編『明治過去帳』新訂初版、東京美術、1971年(原著私家版1935年)。 Related Articles