関屋綾子

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関屋 綾子(せきや あやこ、1915年9月2日 - 2002年10月12日)は、日本平和運動家。東京YWCA、日本YWCA会長を務めた。

1915年、東京府(現・東京都)に牧師の森明の娘として生まれる。1953年頃より夫の関屋光彦と調布市深大寺で、私宅を「深大寺学寮」という学生寮にして、多くの女子学生を育てた。1984年からは世界平和アピール七人委員会の委員となる。原爆の図丸木美術館館長を1990年から2001年6月まで務める。

1998年に、キリスト教界における長年の功績が認められ、日本キリスト教文化協会よりキリスト教功労者の表彰を受けた[1]

家族・親族

綾子は森有礼の孫娘として生まれ(祖母の森寛子岩倉具視の娘である)、宮内官僚関屋貞三郎の三男・光彦に嫁いだ。関屋貞三郎の長女・淑子が外交官木内良胤(官選京都府知事木内重四郎の長男)に嫁いでいるため、関屋家は木内家を通じて三菱財閥の創業者一族・岩崎家と姻戚関係にある一族であるといえる(重四郎の妻、すなわち良胤の母・磯路が三菱の創業者・岩崎弥太郎の次女)。なお綾子の兄にフランス文学者森有正がいる。

著作

脚注

外部リンク

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