関川神社

愛知県豊川市赤坂町関川111に位置する神社 From Wikipedia, the free encyclopedia

関川神社(せきがわじんじゃ)は、愛知県豊川市赤坂町関川に建つ神社である。祭神市杵島媛命

所在地 愛知県豊川市赤坂町関川111
位置 北緯34度51分15秒 東経137度18分36秒
主祭神 市杵島媛命
創建 長保3年(1001年
概要 関川神社, 所在地 ...
関川神社
関川神社
鳥居と拝殿
所在地 愛知県豊川市赤坂町関川111
位置 北緯34度51分15秒 東経137度18分36秒
主祭神 市杵島媛命
創建 長保3年(1001年
例祭 1月15日16日
地図
関川神社の位置(愛知県内)
関川神社
関川神社
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概要

長保3年(1001年)5月、赤坂の長者・宮道弥田次郎長富が三河国司大江定基[1]の命を受け、関川地内に立つの脇に堂宇を建立したのが起源とされる。当初は弁財天と称していたが、明治時代初期に神仏分離の影響を受けて関川神社と改称した。昭和28年(1953年6月5日宗教法人として登録を受けた[2]氏子はおらず、神社の運営は関川区域の住民によって行われている[3]

祭礼は旧暦1月15日16日であり、福引が行われていたが、現在は太陽暦1月15日16日に改められ、余興は行われていない[3]

同じく赤坂町に位置する宮道天神社で例祭が行われる際には、渡御する神輿の休憩所として境内が使用されてきた[4]

確認できる最古の棟札文政12年(1829年)のものであり、「再建之辨天拝殿一宇」の文字が見える[3][5]。他には、明治20年(1887年)のものがある[6]

境内には、大正7年(1918年)2月に建てられた常夜灯がある[7]

句碑

芭蕉の句碑。中央下が旧碑、上が新碑

境内には、松尾芭蕉俳句「夏農月 御油よ李いてゝ 赤坂や(夏の月 御油より出でて 赤坂や)」を刻んだ句碑がある。宝暦元年(1751年)冬に建てられた旧碑と、明治26年(1893年)12月に建てられた新碑があるが、旧碑は上部が折れてしまい、一部が判読不能になっている。句の部分も「油よ梨」「て而赤坂や」の部分しか残っていない[8][9]

新碑は、芭蕉200年忌(明治25年(1892年))を機に花井又右衛門(花井汲古)が働き掛けて資金を集め、旧碑の前に建立したものである。三河産の花崗岩を用い、多田了証[10]が寄付した自然石の上に乗せられた。俳壇の家元である東京月之本素水八十一が揮毫し、萩本政次郎が彫った[11]

文化財

関川神社のクスノキ
クスノキの根元
関川神社のクスノキ

社殿の脇に立つ。幹周8.1m[12]。根元がえぐれているが、これは慶長14年(1609年)に発生した火災により焼失した部分であると伝えられる[13][14]

昭和56年(1981年3月1日音羽町(当時)の文化財に指定された[15]

交通

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