関西ヤマザキ From Wikipedia, the free encyclopedia 株式会社関西ヤマザキ(かんさいヤマザキ)とはかつて存在した山崎製パングループの製パン企業。 1971年(昭和46年)4月設立。この当時の山崎製パンは製造及び販売地域によって分社化する方針を採っており、東海以西の西日本地域に設立していた地域工場運営会社を全て合併する形で発足した[1]。 1986年(昭和61年)1月、関東以東の東日本地域の製造及び販売を担当していた山崎製パン本体に吸収合併された[1]。この時点で、関西ヤマザキは業界シェア2位、山崎製パン本体も業界シェア1位となっていたことから、製造及び販売基盤が強固となった[2]。 沿革 出典:[1] 1966年(昭和41年)7月 - 関西地方への進出を目的として、株式会社山崎製パン大阪工場を設立すると共に大阪第一工場の稼働を開始。 1967年(昭和42年)7月 - 名古屋工場稼働[3]を開始。 1968年(昭和43年)4月 - 九州地方への進出を目的として、株式会社山崎製パン福岡工場を設立すると共に福岡工場の稼働を開始。 1969年(昭和44年)4月 - 福岡工場を福岡県粕屋郡に移転。 1970年(昭和45年)1月 - 大阪第二工場[3]の稼働を開始。 1971年(昭和46年)1月 - 西日本(近畿・中国・四国・九州)の製造・販売各社を、株式会社関西ヤマザキに統合。 1973年(昭和48年)2月 - 広島工場の稼働を開始。 1975年(昭和50年)2月 - 京都工場の稼働を開始。 1979年(昭和54年)11月 - 岡山工場の稼働を開始。 1984年(昭和59年) 4月 - イート食品(現・高知ヤマザキ)の株式を取得。 8月 - 熊本工場の稼働を開始。 1986年(昭和61年)1月 - 山崎製パンに吸収合併。 関連項目 競業避止義務 - 関西進出の際に山崎製パン大阪工場の代表取締役として山崎製パン創業者である飯島藤十郎が就任しておきながら、同社とは資本的に無関係の会社として設立したことから、後日同社監査役から裁判(損害賠償請求)を起こされる騒動が発生した[4]。 脚注 1 2 3 “沿革”. 企業情報. 山崎製パン株式会社. 2026年2月14日閲覧。 ↑ 『食品 1993 (大学生になったら始めたい産業と会社研究シリーズ ; 10)』二期出版、1991年12月11日、114頁。 1 2 山崎製パン大阪工場傘下。 ↑ 服部育生. “取締役の競業取引”. 愛知学院大学論叢法学研究 (愛知学院大学法学部) 60 (3・4): 3-4. https://agu.repo.nii.ac.jp/record/2471/files/第60巻第3・4号_1-27.pdf. この項目は、企業に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキプロジェクト 経済)。表示編集 Related Articles