防疫給水部
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防疫給水部は、各軍直属部隊や各師団隷下部隊として編成された。師団の平時編制には含まれておらず、戦時にのみ臨時に動員された。第14師団のように、師団防疫給水部が復帰解隊され、師団野戦病院の防疫給水班に縮小された例もある。独立部隊の野戦防疫給水部という編制もあり、軍直轄などとして運用された。
軍直属部隊として編成された例としては、以下のようなものがある。
- 関東軍防疫給水部(通称号:満洲第659部隊、所在地:平房) - 関東軍直属
- 北支那防疫給水部(通称号:甲第1855部隊、所在地:北京) - 北支那方面軍直属
- 中支那防疫給水部(通称号:栄第1644部隊、所在地:南京) - 中支那方面軍直属
- 南支那防疫給水部(通称号:波第8604部隊、所在地:広州) - 南支那方面軍直属(香港から逃れた難民をチフスやサルモネラなどの細菌兵器で10万人虐殺した)[1]南石頭大屠殺
- 南方軍防疫給水部(通称号:岡第9420部隊、所在地:シンガポール) - 南方軍直属
- 第16師団防疫給水部 - 1943年7月、フィリピンの戦いにて、大本営直轄の第14軍に派遣[2][注釈 1]。
それぞれ、水質の分析や薬品の取り扱いなど専門的な作業を担当する軍医・衛生兵と、水の輸送など一般的な業務を行う普通の兵科の将兵から成っていた。また、関東軍防疫給水部本部のような研究部門を持つ場合、研究員となる多数の民間医師などが軍属として加わっていた。