阿曇刀 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 奈良時代生誕 不明死没 不明官位 従五位下、内膳奉膳 凡例阿曇刀時代 奈良時代生誕 不明死没 不明官位 従五位下、内膳奉膳主君 元正天皇→聖武天皇氏族 阿曇宿禰テンプレートを表示 阿曇 刀(あずみ の かたな)は、奈良時代の貴族。姓は宿禰。官位は従五位下・内膳奉膳。 元正朝の霊亀2年(716年)12月に内膳奉膳(長官)を務めていたが、月次祭の際に行われる神今食の際に、御膳の供奉の前後を巡って内膳典膳(判官)・高橋乎具須比(たかはし の おぐすび)と争い、勅判により刀の主張は退けられた。阿曇・高橋の両氏族は内膳司の奉膳と典膳に任じられるのが慣例となっていたが、この事件以後、神事における並び方で争うことが度々あったという[1]。 聖武朝初頭の神亀4年(727年)正六位上から従五位下に叙爵している。 官歴 注記のないものは『続日本紀』による。 霊亀2年(716年) 12月:見内膳奉膳[1] 時期不詳:正六位上 神亀4年(727年) 正月27日:従五位下 脚注 [脚注の使い方] 1 2 『高橋氏文』(『本朝月令』所引) 参考文献 『続日本紀2 新日本古典文学大系13』岩波書店、1990年 宇治谷孟『続日本紀 (上)』講談社〈講談社学術文庫〉、1992年 大林太良『日本の古代6 海人の伝統』中公文庫、1996年 Related Articles