阿曽村
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歴史
- 1889年(明治22年)6月1日、町村制の施行により、賀陽郡奥坂村、西阿曽村、久米村、黒尾村、東阿曽村が合併して村制施行し、阿曽村が発足[1][2]。旧村名を継承した奥坂、西阿曽、久米、黒尾、東阿曽の5大字を編成[2]。
- 1900年(明治33年)4月1日、郡の統合により吉備郡に所属[1][2]。
- 大正から昭和初期に多くの海外渡航者で人口が減少[2]。第二次世界大戦後、引揚者などで人口が増加した[2]。
- 1954年(昭和29年)3月31日、吉備郡総社町・新本村・山田村・久代村・池田村、都窪郡常盤村と合併し、市制施行し総社市を新設して廃止された[1][2]。合併後、総社市大字奥坂・西阿曽・久米・黒尾・東阿曽となる[2]。
地名の由来
阿良蘇が変化したもので、「あら」は大の意、「そ」は金の意で鉄の産地を示すもの[2]。