阿蘇品照美
From Wikipedia, the free encyclopedia
一の宮町立一の宮中学校時代の1997年に第15回全国都道府県対抗女子駅伝で3区に出場、区間賞を取り[1]、熊本県チームの優勝に貢献した[2]。熊本信愛女学院高等学校を経て2001年に京セラに入社。長距離選手として活動した[要出典]。
2003年12月の第24回全日本実業団女子駅伝では、同じ区間(3区)を走った渋井陽子と同タイムの区間賞であった[3]。
2005年には4月の兵庫リレーカーニバルの女子10000メートル (m)で世界陸上選手権の参加記録Aを突破する31分23秒55を記録して2位(日本人最高順位)となったが[4]、代表選考会となる6月の日本陸上競技選手権大会では31分59秒01のタイムで8位に終わり[5]、代表選出はならなかった。同年10月にカナダのエドモントンで開催された世界ハーフマラソン選手権に出場、1時間11分45秒のタイムで12位(日本人最高順位)であった[6]。
2006年1月、大阪国際女子マラソンで初マラソンに挑戦[7]。前半は先頭集団に入っていたが、脱水症状を起こし35kmで[要出典]途中棄権となった[8]。同年で京セラを退社し、いったん熊本の実家に戻っていた[要出典]。
2008年4月に大南博美・敬美姉妹の所属するトヨタ車体陸上部に入部し、同年12月の愛知駅伝や日本体育大学記録会(3000m)に出場した[9]。その後、2009年3月に同陸上部を退部した(トヨタ車体陸上部は2010年3月限りで廃部)[要出典]。
脚注
- ↑ 阿蘇品照美 - 皇后杯全国女子駅伝ウェブサイト(選手別成績)
- ↑ 第15回(1997年)総合順位 - - 皇后杯全国女子駅伝ウェブサイト
- ↑ 第24回 全日本実業団対抗女子駅伝競走大会 - 陸上競技インフォメーションセンター
- ↑ 試合結果 2005年 - 豊田自動織機陸上競技部
- ↑ 決勝における順位(着順)別最高記録 (PDF) - 日本陸上競技連盟(第97回日本選手権Statistics Information、2013年)、3ページ目を参照。
- ↑ チームの歩み - 京セラ陸上競技部
- ↑ 初出場の阿蘇品選手 大阪国際女子マラソン - 共同通信(2006年1月27日撮影写真)
- ↑ 「アテネ銀のヌデレバ優勝/大阪国際女子マラソン」『四国新聞』2006年1月29日。2025年10月5日閲覧。
- ↑ トヨタ車体陸上部・活動ブログ - ウェイバックマシン(2009年2月19日アーカイブ分)
全国女子駅伝3区区間賞 | |
|---|---|
| 1980年代 | |
| 1990年代 | |
| 2000年代 | |
| 2010年代 | |
| 2020年代 | |
この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。 |