阿部吉雄
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- 出生から修学期
1905年、山形県山形市で生まれた。山形中学校を経て、東京帝国大学文学部支那哲学科に入学。1928年、卒業論文『荀子の研究』を提出して同大学を卒業。同大学大学院に進学した。
- 漢学研究者として
1930年、東方文化学院東京研究所の助手となり、服部宇之吉の「儀礼鄭注補正」の助手を務めた。1935年に同研究所研究員となり、「朱子経説の淵源」の題目で研究を進めた。
1941年、京城帝国大学法文学部助教授として赴任。当地で朝鮮儒学に関心を抱いた。李退渓と闇書の思想的血縁関係について著した専門書をまとめたものの[1]、公刊直前に敗戦となり、原稿ともども失う。戦後、無一文で日本に引き揚げ、東京大学教養学部教授に就いた。
- 戦後
1961年、学位論文『江戸初期儒学と朝鮮儒学』を東京大学文学博士号を取得[2]。1964年に刊行した『日本朱子学と朝鮮』は、この論文に多少の手を加えたものである。1966年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は実践女子大学教授を死去まで務めた。
研究内容・業績
著作
- 著書
- 共編著
- 『朝鮮の朱子学・日本の朱子学 上』(朱子学大系 12)訳注、明徳出版社 1977